2008年04月30日

会津若松市 山鹿素行(やまがそこう)誕生の地写真UPしました。

会津若松市 山鹿素行(やまがそこう)誕生の地写真UPしました。ちょっと地味ですが。

山鹿素行(やまがそこう)
元和8年〜貞享2年(1622〜1685)
兵学者、儒学者。陸奥国会津(福島県会津若松市)に生まれる。素行(本名は高祐)は6歳の時に父と共に江戸へ出て、9才で林羅山の門下に入った。素行は武人として実践的な孔子の教え(聖学)の原点に帰ることを主張し、武士道を政治哲学まで高めた(山鹿流兵法)。31才の時に赤穂藩に仕え、後江戸で「聖教要録」を出版。時の執権会津藩主保科正之は、朱子学批判の罪で素行を赤穂浅野家に配流した。延宝3年(1675)許されて江戸へ帰る。
墓所は東京都新宿区の宗参寺。
素行の教えは武士社会に大きな影響をあたえた。忠臣蔵の大石内蔵助ら赤穂藩士、幕末の吉田松陰も山鹿流を学んでいる。
主著=『聖教要録』、『中朝事実』、『配所残筆』、『山鹿語録』。

写真上でクリックすると拡大します。
山鹿素行誕生の地 碑
山鹿素行誕生の地 碑

山鹿素行誕生の地 説明
山鹿素行誕生の地 説明

誕生の地碑表    誕生の地碑裏側

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鶴ヶ城定点写真

天守閣南西側
南西側より撮影

天守閣東側
東側より撮影

天守閣南東側
南東側より撮影

天守閣南側
南側より撮影

天守閣西側
西側より撮影





電車には乗りません猫

おまけ

80430.6.JPG  80430.7.JPG  80430.8.JPG
鶴ヶ城 お堀いろいろ


posted by 幸幸 at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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